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高松地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決 1964年4月30日

原告 有限会社 かぶと劇場

被告 高松国税局長

訴訟代理人 村重慶一 外四名

主文

原告会社の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告会社の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告会社が映画興行を営む法人(有限会社)であること、昭和三十四年七月 二日徳島税務署長か、原告会社の本件事業年度(昭和三十二年五月二十四日から昭和 三十三年三月三十一日まで)分の法人税課税所得金額を金百四十六万七千四百円、法 人税額を金五十四万千百三十円、加算税額を金二十七万五百円と決定し、同日これを 原告会社に通知したこと、原告会社はこれを不服として、同月十一日右徳島税務署長 に対し再調査の請求をなしたところ、同署長は同年十月八日付をもつて右再調査請求 を棄却する旨の決定をなし、同日原告会社にその旨を通知したこと、そこで原告会社 は、さらに右棄却決定を不服として、同年十一月六日被告に対し審査の請求をした が、被告は昭和三十六年一月十一日付をもつて、原告会社の本件事業年度分法人税課 税所得金額を金八十六万五千百円、法人税額を金三十万二千七百八十円、加算税額を 金十五万一千円とする審査決定をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、被告は、原告会社の本件事業年度分の所得金額を認定する資料としての会計 帳簿類その他の証拠書類は全く存在せず、そのため正確な実額計算によつてその所得 金額を算出することは到底不可能であつたから、推計によつて原告会社の所得金額を 算定せざるを得なかつたと主張し、原告会社はこれを争うので、この点について先ず 判断する。

(1)  被告が原告会社の審査請求に基づき、原告会社の審査請求書に添付され た審査申立所得金額の計算書類の内容について審査するため、昭和三十五年中高松国 税局協議団徳島支部協議官前野武から原告会社に対し本件事業年度に関する会計帳簿 類の提出を求めたところ、原告会社は右会計帳簿類はすべて盗難にかかつて紛失した 旨を申立て、結局会計帳簿その他収入計算を明らかにする証拠書類を全く提出しなか つたことは、当事者間に争いがない。

(2)  また成立に争いのない乙第十一、同第十九及び第二十五号証と証人新田 福正の証言によれば、高松国税局収税官吏新田福正が昭和三十二年九月十一日に、同 細谷高正が同年十月九日原告会社の入場税法違反嫌疑事件につき、原告会社取締役で あつた北西市次郎居宅(当時徳島市下助任町三丁目二十六番地)を臨検捜索した際に も、原告会社の興行収入を直接に把握するに足る資料(会計帳簿類)は何ら発見でき なかつたことが認められる。右認定に反する証人河野紀夫の証言は、にわかに措信し 難く、他に右認定を左右するに足る証拠もない。

(3)  甲第一号証の一ないし七は、訴外近藤清見(税理士)が、原告会社が被 告に対し審査請求をなすに際し、原告会社の依頼によつて作成した貸借対照表、損益 計算書、及びその附属書類であるが、そこに記載された金額自体が不正確なものであ ることは、証人近藤清見の証言によつて明らかであり、他にその記載の正確なことを 裏付ける証拠は何も存在しない。してみると、本件事業年度における原告会社の法人 税の課税標準となる所得金額を算定することができる資料は存しなかつたのであるか ら、被告が法人税法第三十一条の四第二項によりいわゆる推計課税方式によつて原告 会社の所得金額を算出したのも蓋し已むを得なかつたものといわなければならない。

三、そこで被告の採つた推計方法につき、検討することとする。被告が、原告会 社の本件事業年度に関する所得金額を推計算出した方法は、原告会社がいわゆる同族 会社であり、且つ実質上は原告会社取締役であつた北西市次郎の個人経営企業という に等しい実態を有するものであることを前提として、右北西市次郎とその一族名義で なされている預貯金、貸付金及び借入金の存在を調査確認し、右預金高、貸付金額及 び借入金額の本件事業年度中における増減差額を計算して、純資産増加額を算出し、 これに北西市次郎一家の生計費を加算し、右合計額からその財源が明らかに原告会律 の所得以外のものによると認められる部分を控除した上、これを基礎として原告会社 の所得金額を推計したというのである(いわゆる資産増減法)。そこで先ず右のよう な推計方法が原告会社の実態に照らして十分の合理性を有するものか否かにつき考察 する。

(一)  成立に争いのない甲第十ないし第十二号証(いずれも登記簿抄本)、乙 第六号証(原告会社商業登記簿謄本)、同第七号証の一ないし三(個人営業廃業届、 原告会社出資者名簿及び定款)、同第十六号証(北西市次郎に対する第二次質問てん 末書)、同第十七号証(北西行雄に対する質問てん末書)、同第十八号証(北西市次 郎に対する第三次質問てん末書、同第二十二号証(北西カツエに対する質問てん末 書)、同第二十八号証(北西源治の検察官に対する供述調書)、同第三十五号証(登 記簿謄本)の各記載と証人北西市次郎(第一、二回)、同北西行雄、同北西源治、同 前野武の各証言を綜合すると、

1  かぶと劇場は、もと訴外北西市次郎が、昭和三十年五月九日訴外鶴岡吉夫か らその所有にかかる劇場用建物及びその敷地を金五百八十万円で譲受け、徳島市下助 任町三丁目四十一番地において、個人で経営していた映画館であるが昭和三十二年四 月三十日徳島税務署長に対し個人営業廃業届を提出した上、同年五月二十四日事実上 は右かぶと劇場の営業を承継する目的をもつて、前同所に原告会社(有限会社、資本 総額金三十万円、出資一口の金額干円)を設立したこと、その設立当時における社員 は、右北西市次郎(出資口数百口、出資金額十万円)、訴外北西源治(出資口数五十 口、出資金額五十万円、右市次郎の長男)、同北西行雄(出資口数五十口、出資金額 五十万円、右市次郎の三男)、同北西初女(出資口数五十口、出資金額五十万円、右 市次郎の長女)、同北西重男(出資口数五十口、出資金額五十万円、右初女の夫)の 五名であつて、役員として、代表取締役北西行雄、取締役北西市次郎、監査役北西源 治の三名が置かれ、曲型的な同族会社であつたこと、

2  而して、原告会社代表取締役であつた右北西行雄は、昭和十一年十二月十七 日生れで、原告会社設立当時満二十才の若年であつて、有限会社の組織や代表取締役 の職務内容等について殆ど理解するところなく、ただ実父である右北西市次郎の一存 により、名目上原告会社の代表取締役とされていたにすぎず、定職もなく、右北西市 次郎から月額金千円の小遣銭を貰つて、かぶと劇場の映写フイルムの運搬その他の雑 務にあたつていたが、昭和三十二年八月頃から肺結核のために療養生活に入り、爾後 原告会社の業務とは無関係であつたこと、

3  また原告会社監査役であつた訴外北西源治は、登記簿上は、原告会社使用の 劇場用建物及びその敷地の所有名義人となつているが、右建物敷地の購入資金は、右 北西市次郎が個人で訴外株式会社高松相互銀行鳴門支店より借入して調達したもので あつて、右建物敷地は実質的には右北西市次郎の所有に属するものというべきであ り、且つ北西源治は、徳島県板野郡松茂村長岸二百二十九番地の二の本籍地(北西市 次郎及びその一族の本籍地であつて、昭和三十二年頃は北西源治とその家族三名が居 住していた。以下単に「本籍地」という。)において、右北西市次郎所有名義の田畑 一町六反五畝歩と自己名義の田畑約四反歩を耕作し、農業経営に専心し、事実上原告 会社の経営とは無関係であつたこと、

4  したがつて、原告会社の経営上の実権は、すべて右北西市次郎がこれを掌握 し、同人において自己の家族(妻である訴外北西カツエや前記北西行雄)や、数名の 従業員を使用して、原告会社の経営に従事し、上映フイルムの選択、資金の調達、経 費の支弁等はすべて右北西市次郎の一存でなされていたこと、而して右北西市次郎 は、会社経理上必要な会計帳簿類を殆ど備え付けていなかつたこと、結局原告会社 は、法律上は有限会社形態をとつていたものの、その実態は右北西市次郎が個人で 「かぶと劇場」を経営していた時代と全く異るところなく、実質上北西市次郎の個人 経営企業と称して差支えないものであつたこと、

5  さらに北西市次郎は、原告会社の外に、昭和二十三年二月十四日訴外協同産 業株式会社(以下単に「協同産業」と略称する。)を設立し、自ら代表取締役となつ て、徳島市下助任町三丁目二十六番地において、清涼飲料水等の製造販売事業を営ん でいたこと、右協同産業も、その実態は原告会社と同様に、右北西市次郎とその一族 のいわゆる同族会社である上、右北西市次郎の個人企業と何ら異るところなく、同人 がその実権を握つていたこと、而して市次郎は当時徳島市の前記場所に居庄し、妻カ ツエ、母キク、三男行雄、長女初女、その夫重男と同居し、一方においては、右カツ エの協力の下に原告会社を経営し、他方においては右北西重男、初女夫婦の助力を受 けて協同産業の経営に当り、右家族の生活費は、主として協同産業からあがる収益中 から支弁していたこと、

6  また、右北西市次郎は、前記のように本籍地に自己名義の田畑を所有してお り、その管理耕作は専ら長男の前記北西源治に委ねていて、右北西源治において米 麦、蔬菜類、梨等を栽培していたのであるが、右北西市次郎は右の農業経営から生ず る収益についても、これを右源治の自由に任せず、自らがその処分につき実権を握 り、しばしば本籍地へも帰来し、農業収入の一部を右源治とその家族の生活費に充て る外は、自己の収入として取扱い、肥料の購入等多額の金員を要するものは自らこれ を購入して源治に支給し、あるいは右源治の名義で訴外松茂村農業協同組合から金員 を借用し(成立に争いのない甲第六号証参照)、これを原告会社の経営資金に投入す る等の状態であつたこと、

7  北西市次郎は、原告会社の収入、協同産業の収入及び農業経営による収入を区 別しないで、右三者の収入を混淆しすべて市次郎個人の収入のように扱つて処理して いたこと、

が認められる。

(二)  次に、本件事業年度の期首及び期末における訴外北西市次郎及びその一 族の名義(一部は架空人名義)で積み立てられた普通預金、定期預金及び相互掛金の 各現在高、並びに右北西市次郎名義の貸付金の各現在高が被告主張のとおりであるこ とは、当事者間に争いのないところ、成立に争いのない乙第二号証の二ないし八、同 第十一ないし第十六号証、同第十八ないし第二十三号証、同第二十五号証、同第三十 一号証、同第三十二号証の一、二、同第三十三号証と証人北西市次郎(第一、二 回)、同新田福正の各証言を綜合すると、

1  昭和三十二年八月二十二日徳島税務署長が、訴外北西市次郎に対する昭和三 十一年度分所得税の滞納処分として、株式会社高松相互銀行鳴門支店に対する右北西 市次郎名義の普通預金債権金二十二万六千八百九十五円を差押えたところ、右銀行の 鳴門支店長訴外播麿肇一から「北西市次郎氏名義被差押預金の差押解放に就いての御 願」と題する書面(乙第三十一号証)、北西市次郎作成名義の「滞納による差押物件 解除申請書」と題する書面(乙第三十二号証の一、二)等が徳島税務署長宛に提出さ れ、右普通預金はその名義は北西市次郎となつているが、実質上の預金者は原告会社 であつて、その入場料収入を積み立てたものであるから、前記差押を解除されたい旨 の陳情がなされ、結局右差押が解除された事実があること、

2  訴外北西市次郎は、前記認定のように昭和三十年五月九日に訴外鶴岡吉夫か ら、かぶと劇場の建物、敷地を購入して映画館の経営をはじめるに際し、長男源治の 友人の紹介で株式会社高松相互銀行(鳴門支店)から金員を借用することとなり、同 年四月三十日右鳴門支店との間に自己名義で被告主張のような相互掛金契約(契約口 数十一口、契約高合計金四百六十万円)を締結し、同年五月二日右相互掛金契約に基 づく給付金として右鳴門支店より金四百五十万円、をその他に手形貸付により金百五 十万円の貸出をうけて、これを劇場の建物敷地の購入資金に充てたこと、爾来右市次 郎は右鳴門支店と取引を継続し、右相互掛金の外に前田行雄なる架空人名義を用いた 相互掛金その他被告主張のような普通預金、定期預金等をなし、かぶと劇場の経営に よつて生ずる入場料収入等の大半を鳴門支店に対する右各種預金に積み立て、右劇場 が有限会社組織に改組されて原告会社が設立された後も、右鳴門支店から外務員が定 期的に右北西市次郎方を訪れて、原告会社の収入金を集金し、原告会社の収入金は、 その殆ど全部が右鳴門支店に積立てられていたこと、

3  したがつて、被告主張の訴外北西市次郎及びその一族名義の預貯金のうち、 その大半は原告会社の所得を積み立てたもの、換言すれば実質上の預金者は、原告会 社であること、

が認められる。

(三)  さらに、成立に争いのない乙第五号証と証人北西源治、同前野武の各証 言によると、本籍地において右北西源治の経営していた農業に関しては、昭和三十三 年三月十三日、右北西源治から、鳴門税務署長に対し、昭和三十二年度分の農業所得 金額として金二十六万五千円の確定申告がなされ、同署長において、右申告を相当と 認めて課税済みであることを、また成立に争のない乙第三号証及び証人前野武の証言 によると、協同産業については、昭和三十三年六月三十日徳島税務署長に対し、昭和 三十二年五月一日から昭和三十三年四月三十日までの事業年度分の法人税に関する所 得金額を金二万七千五百八十四円、法人税額を金九千七十五円とする確定申告がなさ れ、同署長においてこれを相当と認めて課税済みであることを夫々認めることができ る。

(四)  証人北西市次郎の証言(第一、二回)中右(一)(二)(三)の認定に 反する部分は、たやすく措置し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠は存在しな い。以上に認定した諸事実と証人近藤清見の証言並びに弁論の 全趣旨を綜合すると、結局原告会社は、実質的には訴外北西市次郎の個人経営企業と 異るところのない同族会社であるところ、右北西市次郎とその一族の関係する事業 は、原告会社の外に協同産業及び農業があつたが、以上三つの事業とも、右北西市次 郎がその経営上の実権を掌握していたこと、しかも右北西市次郎は、原告会社、協同 産業及び農業の経理を混淆し、右三者の収支を会計上独立して処理することなく、ま たこれを自己及びその家族の個人的収支とも区別せず、右三事業からあがる収入を一 括して、恰も北西市次郎個人もしくはその一族の収入であるかのように処理していた こと、而して徳島市に居住する家族については、協同産業の収入の中から主としてこ れを支弁し、木籍地に居住する前記北西源治らの生活費は、主として農業所得をもつ てこれに充て、原告会社の入場料収入の大部分は、北西市次郎、その家族或は架空人 名義を使用して前記高松相互銀行鳴門支店等に預入していたことが明らかてあり、右 のような原告会社、協同産業及び農業経営の実態及び右三者の収入金の処理方法より 判断すると、訴外北西市次郎とその家族名義の資産中には、原告会社の所得たるべき ものが含まれていることを十分推認することができる。

然らば、被告が、原告会社の場合について、本件事業年度の期首と期末における 訴外北西市次郎とその家族名義の資産(預貯金と貸付金)負債の各現在高を比較し、 その純資産増加額を算出した上、これに右一族の生計費を加算して、総所得金額を算 出し、その中からその財源が原告会社の興行収入に基因しないことの明らかな部分を 除き、これを基礎として原告会社の所得金額を推計したことは、合理性があるものと いわざるを得ない。もつとも法人税法第三十一条の四第二項は、当該法人の財産若し くは債務の増減の状況により法人の所得金額を推計することができる旨規定している ところ、被告のとつた推計方法は、原告会社以外の者の資産計算をした結果を基準に して原告会社の所得金額を推計することとなるけれども、前記認定のような事情の下 においては、被告のとつた前記のような推計方法も、法人税法第三十一条の四第二項の趣旨を類推して、許されるものと解すべきである。

四、よつて進んで、被告のなした推計計算が相当であるか否かについて以下判断 する。

(一)被告主張の二の(三)の1の事実中、A、資産の部、B、負債の部、C、純資 産の増加額、D、純資産増加額に加算すべき生計費の各欄に記載した事実並びにE、純 資産増加額より控除すべきもののうち、不動産譲渡所得額が、金四十五万円であるこ とは、当事者間に争いがない。

(二)問題となるのは、準資産増加額より、原告会社の興行収入以外の財源に基 づく所得として控除すべき金額如何であるが

1  給与所得について原告会社は、被告の主張する給与所得を争つているが、被 告の主張以外に北西市次郎或はその家族に給与所得があつたことにつき、何等主張立 証をしないから、純資産増加額より控除すべき給与所得額は、被含主張のとおり金十 九万八千円と認める。

2  農業所得について

農業所得については、被告主張のとおり、訴外北西源治から昭和三十二年度分所 得税につき、農業所得金額を金二十六万五千円とする確定申告書が鳴門税務署長に対 し提出され、同署長も右申告を正当と認めたことは、前認定のとおりである。しかる ところ、原告会社は、右の外に訴外北西市次郎自身において同年度中、合計金三十五 万五千九百十九円の農業所得(未申告)があつたと主張するので検討するに、証人加 島誉義の証言によつて成立の認められる甲第二号証、証人北西源治の証言により成立 の認められる甲第三号証に、証人加島誉義、同北西市次郎(第二回)の各証言を綜合 すると、昭和三十二年度中に訴外北西市次郎名義で、訴外松茂村農業協同組合に対 し、合計金六十七万六千八百七十円(内訳、米金九万九千百三十円、麦金三万九千 円、南瓜金四万四千七百四十円、西瓜金七万五千円、梨金四十一万九千円)、訴外徳 島青果株式会社に対し、合計金十七万五百五十八円(甲第三号証の記載中昭和三十二 年八月十六日以降の分、南瓜、西瓜、玉ねぎ、梨等)の農産物が出荷されたことを認 めることができる。なお原告会社は、訴外北西市次郎が本籍地において、合計金四万 二千三百六十九円の農産物を自宅販売した旨主張するが、これを認めるに足る証拠は ない。(証人北西市次郎は、第一回尋問において、右主張に副う証言をしているけれ ども、右証言のみによつては、未だ右自宅販売の事実を確認し難い)従つて、結局、 右年度中、訴外北西市次郎名義で出荷された農産物の代金合計額は、金八十四万七千 四百二十八円と認むべきところ、証人北西市次郎(第一回)、同北西源治の各証言を 綜合すれば、前記農産物販売による利益率は、販売高の三割五分程度であることが窺 われるから(原告会社は、右利益率を四割と主張するけれども、右主張は認め難 い)、前記金八十四万七千四百二十八円のうち、その三割五分に相当する金二十九万 六千六百円(円単位以下四捨五入)が利益即ち農業所得であると推認することができ る。ところで、証人加島誉義の証言によると、北西家よりの農産物出荷は、すべて北 西市次郎名義で出荷されていたこと、その実際の出荷者は前記北西源治であつたこと が認められ、この事実に前記認定のように、本籍地において農業経営に専従していた のは、右北西源治のみであつたこと、北西源治から昭和三十二年度分所得税につき、 農業所得を金二十六万五千円とする確定申告かなされていること等の事実をあわせ考 えると、昭和三十二年度において、北西源治の申告した右農業所得以外に北西市次郎 において前記金二十九万六千六百円の農業所得があつたものとは到底認められず、右 金二十九万六千六百円の中に右北西源治が確定申告をなした所得金額二十六万五千円 が含まれていると見なければならない。而して右金二十六万五千円については、被告 において、既に前記純資産増加額より控除済であるから右両者の差額金三万千六百円 をさらに控除する必要があるということになる。

3  自転車預り料について

原告会社は、その経営にかかる映画館の入場者の自転車等の預り料収入は、すべ て北酉市次郎個人の所得であつて、本件事業年度に対応する期間中、合計金十七万七 千二百三十円の預り料収入があつた旨を主張し、(被告の主張に対する原告の主張五 の (五)参照)、原告会社代表者中下勝治尋問の結果によつて成立の認められる甲 第七号証には、原告会社の主張に符合する昭和三十二年五月二十四日から昭和三十三 年三月末までのかぶと劇場における自転車預り台数が記載されているけれども、右記 載が事実に合致しているか否かについては、成立に争いのない乙第二十九号証(中下 勝冶の検察官に対する供述調書)に照し疑があるのみならず、仮に原告会社主張のよ うな自転車預り料収入があつたとしても、右は映画館経営に伴う附随的な収入とし て、原告会社の収入と認めるのが相当であり、北西市次郎個人の収入であるとは認め 難い。よつて原告会社の右主張は採用できない。

4  劇場内売店の賃料及び敷金について

次に原告会社は、かぶと劇場内に設けた売店の敷金並ひに賃貸料は、すべて北西 源治の収入となるものであつて、本件事業年度に対応する期間中、右北西源治におい て右売店賃貸料として合計金六万六千円、敷金として金五万円の収入があつた旨主張 する(被告の主張に対する原告の主張五の(六)参照)。しかし(イ)敷金について は、証人木内亀助の証言によると、訴外木内亀助は、かぶと劇場の建物の一隅を賃借 して、売店を経営していたものであるが、昭和三十年五月十日頃、かぶと劇場が訴外 北西市次郎の個人経営の映画館として発足した当時、右映画館内で売店を経営するに ついて、右北西市次郎に対し保証金名下に金五万円を差入れた事実を認めることがで きるけれども、本件事業年度期問中に北西源治が敷金名下に金五万円を受領した事実 を認め得る証拠はない。(ロ)また売店賃貸料については、右証人木内亀助の証言に よると、本件事業年度期間中、右木内亀助において毎月金六千円の賃料を右北西市次 郎に手交していた事実を認めることができるけれども、右賃料が北西源治の収入であ ると認めるに足りる証拠はなく、むしろ証人北西市次郎の第一、二回証言によると、 右売店部分は、原告会社設立後は、原告会社が前記木内亀助に賃貸していたものであ つて、その賃料は原告会社の収入であつたことが窺われる。而してかぶと劇場の建物 が前記北西源治の所有名義であること(甲第十号証参照)は、必ずしも右認定の妨げ となるものではない。よつて原告会社の右主張も採用できない。

5  シネマスコープ用レンズ売却代金について

次に、原告会社は本件事業年度中、北西市次郎において、その所有にかかるシネ マスコープ映写用レンズ二個を各金十万円で売却した収入があると主張し(被告の主 張に対する原告の主張五の(七)参照)、証人猪尾孝夫、同十川幸雄の各証言による と、昭和三十二年五、六月頃、訴外猪尾孝夫及び十川幸雄がかぶと劇場で使用してい たシネマスコープ用レンズ各一個宛を、いずれも代金十万円で買受け、その代金を昭 和三十二年中に、二、三回に分割して訴外北西市次郎に交付した事実を認めることが できるけれども、右レンズが訴外北西市次郎個人の所有物件であつたことを確認する に足りる証拠はなく(この点に関する証人北西市次郎の第一、二回証言は、成立に争 いのない乙第一号証の記載及び証人前野武の証言と対比して、信用することができ ず、却つて右レンズは原告会社の所有に係るものと認めるのが相当である)、右金二 十万円が北西市次郎個人の収入であるとは認め難い。よつて原告会社の右の主張もそ の理由がない。

6  借入金について

次に原告会社は、本件事業年度中、北西源治が松茂村農業協同組合から自己名義 で金三十一万円を借入していた旨主張し(被告の主張に対する原告の主張五の(ハ) 参照)、成立に争いのない甲第六号証によれば、北西源治が松茂村農業協同組合よ り、昭和三十二年九月二十六日に金二十一万円を、同年十一月二十七日に金十万円を 借受けた事実を肯認することができるけれども、右借入金については、昭和三十三年 三月三十一日(本件事業年度の期末)現在において、北西源治が現金のまま、これを 手許に保管していたことは、原告会社の自認するところであるから、本件推計計算に 関係がないものといわなければならない。従つて原告会社の右主張も理由がない。

7  飲料水及びうどん玉販売利益について

さらに、原告会社は、被告主張の純資産増加額中には、協同産業の所得(飲料水 販売利益として金三十万千七百五十三円、うどん玉販売利益として金二十万五千四百 八十円)となるべきものが含まれている旨主張し(被告の主張に対する原告の主張五 の (三)(四)参照)、被告は、協同産業の所得については、別途に法人税に関す る確定申告がなされ、納税済みであると争うので判断するのに、協同産業の昭和三十 二年度分法人税については、被告主張のとおり、別途に所得金額を金二万七千五百八 十四円とする確定申告がなされていることは、前認定のとおりであるが(前顕乙第三 号証参照)、他方北西市次郎が、原告会社、協同産業及び北西源治が事実上経営して いた農業から生ずる各所得について、これを経理上確然と区別せず、混淆して預金等 に積み立てていたことも、またききに認定したとおりであるから、協同産業の確定申 告額の如何にかかわらず、もし協同産業の所得たるべきものが、前記純資産増加額中 に含まれていることが確認し得るならば、これを控除すべきものである。そこで検討 するに、

(イ) 先ず原告会社の主張する協同産業の清涼飲料水販売利益についてみる に、本件事業年度に対応する期間中における協同産業の飲料水売上高に関する証拠と して、甲第二十号証の一、二(総勘定元帳)が提出されているところ、右書証には、 昭和三十二年五月二十四日から、昭和三十三年三月三十一日までの毎日の売上の合計 額がサイダー、アップル、ラムネ等に分けて記載されているけれども、その売渡先、 売上品目の明細、単価等についての具体的且つ詳細な記載がなされていないので、果 してその記載が正確なものであるかどうかは、その記載自体からはこれを認め難い し、他に右記載の正確性を裏付けるに足りる証拠がない。(この点に関する証人北西 市次郎の第三回証言は、にわかに信用できない。)而して他に協同産業の本件事業年 度期間中における飲料水の売上高及びその利益を算定することができる証拠がないか ら、原告会社の右主張は採用てきない。

(ロ) 次に協同産業のうどん玉販売利益については、証人北西市次郎の証言 (第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第四及び第五号証の各記載と 証人北西市次郎の第一回証言を綜合すると、本件事業年度期間中、協同産業が、訴外 徳島製粉株式会社から小麦粉三百六十五俵を、訴外株式会社斎藤商店から小麦粉八八 俵を夫々購入したこと(合計四百五十三俵、代金合計金四十五万四千八百八十巴、一 俵の小麦粉(六貫)から少くとも原告会社の主張するように三百七十八玉のうどん玉 (一貫当り六三玉)を製造することが可能であり、且つ一玉金四円で販売されたこ と、したがつて右期間中における協同産業のうどん玉売上高が合計金六十八万四千九 百三十六円となることは、これを認めることができる。而して証人北西市次郎は、第 一回尋問において、うどん玉販売利益は、売上高の三割五分位である旨証言している けれども、右証言は、原料である小麦粉の仕入金額が前記のとおり金四十五万四千八 百八十円に達することと対比して、にわかに信用できず、前記仕入金額その他うどん 玉製造に要する経費を考慮に容れると、うどん玉の販売利益率は、売上高の二割五分 と認めるのが相当である。そうだとすれば、本件事業年度に対応する期間中における 協同産業のうどん玉販売利益は、前記金六十八万四千九百三十六円に対する二割五 分、即ち金十七万千二百三十四円となり、この金額は、本件推計計算に当り純資産増 加額より控除せざるを得ないこととなる。

(三)  以上の認定説示によれば、被告主張の前記純資産増加額から、原告会社 の興行収入以外の所得に基因することが明らかなものとして控除することを要するの は、結局、被告主張の給与所得(金十九万八千円)、農業所得(金二十九万六千六百 円、不動産譲渡所得(金四十五万円)及び協同産業の所得(金十七万千二百三十四 円)、以上金額にして合計金百十一万五千八百三十四円ということになる。

(四)  そこで当事者間に争のない訴外北西市次郎とその一族の本件事業年度中 の純資産増加額金二百十四万四千四百八十六円に生計費金三十八万六千百八十二円を 加算した金額二百五十三万六百六十八円から原告会社の興行収入に基因しないものと 認められる前記(三)の金額金百十一万五千八百三十四円を控除した残金百四十一万 四千八百三十四円は、原告会社の利得金ということができる。而して右利得金から、 原告会社主張の欠損金四十一万七千七百八十三円及び原告会社の未納入場税金十二万 八千六十円を控除した金八十六万八千九百九十円に、成立に争いのない甲第一号証の 六及び七によつて認められる原告会社の徳島県民税金三百円、徳島市民税金千五百円 及び入場料延滞加算税金五百四十円(いずれも、その支払額が、損金に算入されない 租税公課)を加算した金八十七万千三百三十一円が、原告会社の本件事業年度中の所 得金額であると推認することができる。

五、然らば、被告が前記のような資産増減法によつて、原告会社の本件事業年度 における所得金額を推計するに際し、純資産増加額より農業所得の一部金三万千六百 円及び協同産業の所得金十七万千二百三十四円を控除しなかつたのは相当でないけれ ども、右金八十七万千三百三十一円の範囲内である金八十六万五千百円をもつて、原 告会社の本件事業年度における課税所得金額と認定したのは、結局適法であつて、本 件審査決定は違法でないといわなければならない。よつてこれが取消を求める原告の 本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事 訴訟法八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浮田茂男 松永剛 藤原弘道)

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